第10話 女としての帰国

雪子が目を覚ましたのはベッドの上だった。白い天井が目に入ってきた。どこかの病院みたいだった。個室で窓から爽やかな風が入ってくる。その風にくすぐられて雪子は目を覚ました。体から何本ものチューブが伸びている。下半身がじんじん痺れている。動かすことはできない。ついに女にされてしまったのだ、と雪子は思った。

しばらくして女の看護師が入ってきて、雪子が目を覚ましたことに気がついた。慌てて医師を呼びにいった。

「やっと目が覚めたね。次第に体の感覚が戻ってくる。心配は要らないよ。すごく痛かったら、ブザーを押せば、鎮痛剤を持ってきてあげるから。リハビリをすればちゃんと歩けるようになるから大丈夫だよ」

流暢な日本語でそう言って、医師はにっこり微笑んだ。ネームプレートから葉山という名だとわかった。もしかしてここは日本なのではないかと思った。

雪子は自分ではトイレにも行けなかった。尿はチューブから取っているようだった。

「今晩から、おかゆぐらいなら食べられそうね。夕方になったらもってくるわね。もし、痛みがひどければ呼んでね」

看護師が微笑んだ。看護師も日本人らしい。はい、と雪子は返事をした。どうやら、今はお昼すぎのようだ。次第に空が夕焼けに染まっていく。夕食に看護師がおかゆを持ってきた。下半身が激しく痛み始めた。麻酔が切れたみたいだ。

「看護婦さん。すごくお腹から下が痛いです」

苦痛に顔を歪めて、雪子は言った。

「おかゆはしっかり食べてね。鎮痛剤を持ってくるから、食べ終わったら飲みましょうね」

その日は下半身の激痛に苦しんだ。翌日も痛みで目を覚ました。

翌日に、雪子を買った男が現れた。

「目を覚ましたって、聞いたんでいそいでやってきたよ。まずは自己紹介をしておく。俺は東原光太郎。雪子はもう、雪子じゃない。山吹祐奈だ」

「こ、ここは日本なの?」

「いや、まだ香港だ。でも、ここは日本人の経営する日本人のための病院だ。医師も看護師も、働いているのは全員日本人だ。どこからみても日本の病院にしか見えないだろう」

そう言って、東原は笑った。

「お前が元気になって歩けるようになったら、一緒に日本に帰るんだ。パスポートも航空券もある」

「パスポート?」

「お前のパスポートだ。お前はこれから山吹祐奈として生きていくことになる。すぐに姓は東原に変わるがな」

雪子は日本にパスポートを持って、普通に帰れるのが不思議な気がした。きた時とは全く別人としてだが。

東原は、いちごのショートケーキを持ってきていた。

「俺が食べされてやる」

そう言って、ショートケーキをフォークで小さく切って、あーん、と言って雪子の口に運んだ。久しぶりのショートケーキは美味しかった。

「本当に、あなたの奥さんになるのね」

「ああ、本当だ。俺はお前を気に入った」

下半身の痛みは徐々に引いてきている。

数日後に、痛みがほとんどなくなると、採尿のチューブが外された。

「車椅子に乗せるから、これからおトイレは自分でしてね。女としてのおしっこは初めてだから、丁寧に教えてあげるわね。最初はうまくできなくて当たり前。こぼしたら拭いてあげるから心配しないでね」

雪子は尿意をもよおし、ブザーで看護師を呼んだ。やってきた女の看護師は雪子を車椅子に乗せると、トイレに運んでいく。当然、女子トイレだ。個室は広く、車椅子が余裕で入れる。看護師は車椅子を個室に入れると、雪子をトイレに座らせた。

「さあ、下を脱いで。はいているショーツも脱ぎましょう」

雪子は尿意が高まっていた。これ以上待てなかった。パジャマの下とショーツを一気に下ろした。そこは無毛で、一本の陰裂が走っている。雪子はおしっこが漏れそうだった。

「腰かけないで、少し屈んで、お腹に力を入れるのよ。最初は飛び散ってしまうけれど、心配しないで。最初はそんなもの」

雪子は腰を浮かせてかがむと、お腹に力を入れた。陰裂のどこかからおしっこが飛び出した。便器の周りにも飛び散ってしまったが、ほとんどは便器の中にいれることができた。

「最初にしては上手ね。ティッシュペーパーでお股を拭いてね。女の子はそうしないと、おしっこが尿道口に残ってしまうの。尿道が短くされているから、おしっこに行く回数も多くなるわ。男の感覚で我慢していると漏らしてしまうから気をつけてね」

雪子は陰裂をティッシュペーパーで綺麗に拭き、おしっこと一緒に流すと、ショーツとパジャマを上まで引き上げた。看護師が雪子を車椅子に戻すと、病室まで押して行った。ベッドの名前は山吹祐奈になっていた。

雪子はリハビリで歩く訓練を始めた。リハビリ室には大きな鏡がある。そこに映っているのは、かつての雪子ではなかった。全く別の女性。背も低くされている。山吹祐奈の体型に合わせて、改造が行われたのだ。鏡に映る山吹祐奈は小柄で美しい女性だった。身長は150センチに満たないかもしれない。なので、足の骨のどこかが切除され、こうしてリハビリが必要なのだ。

ある時、急にお腹と腰が痛くなった。お腹から鈍痛がくる。看護師を呼ぶと、生理になるのだという。その日は、ショーツに生理用のごわごわしたナプキンをつけて、生理を待つことになった。翌日にお腹が痛くなり、生理がやってきた。看護師が雪子のショーツを下ろすと、ごわごわのナプキンは経血で真っ赤に汚れた。

「初めての生理ね。おめでとう。お赤飯を炊かないといけないわね。。女になったのだから、これからは毎月のことよ。ちゃんと準備をすること。生理以外にもおりものがあるから、生理じゃないときはショーツが汚れないようにおりものシートをつけておいてね」

看護師は経血で真っ赤に汚れた、生理用ナプキンを新しいものに取り替えた。

「ここに新しいナプキンを置いておくわ。おトイレに行った時や何かにこまめに取り替えてね」

看護師は、ナプキンをベッドサイドにおくと部屋を出て行った。雪子は、本当に女の体になってしまったのだと実感した。これからは毎日、おりものシートやナプキンをつけて過ごさなければならないのだ。雪子は、お腹の痛い、ナプキン取り替えの面倒な1週間をなんとかやり過ごした。

東原はときどきお見舞いにきてくれる。いろいろなケーキを持ってきて、雪子に食べさせてくれる。雪子は徐々に一人で歩けるようになった。トイレにも歩いて行けるようになった。

ある時、東原が綺麗な女を連れてやってきた。雪子の生理はその前の日に終わっていた。女はごろごろとキャリーバックを引いている。

「今日、退院だ。秘書の彩音に着替えを持ってこさせた。お前のパスポートとチケットもある」

そう言って、東原はスーツの胸ポケットからパスポートとチケットを取り出した。雪子はパスポートを受け取りその中を開いた。そこにはリハビリ室できた美しい女が映っている。山吹祐奈、女、生年月日からして年齢は24歳。雄介だった頃は28だったのでだいぶ年下だ。

「お着替えをしましょう。これからは私が祐奈のお世話がかりです。東原さんは出て行ってください」

東原は部屋から出て行く。彩音は厚手のカーテンを引くと、キャリーバックからブラやショーツ、ワンピースなどを取り出して、着替えさせた。

「これは祐奈さんの?」

「そうですよ。祐奈がお気に入りもののでしたよ。そして、あなたもこれらを着て、新しい祐奈になるんですよ。祐奈のことについて詳しく教えてあげますよ」

そう言って、彩音は微笑んだ。

ブラとショーツはミント色、ワンピースは体のラインにぴったりのホワイトだ。ショーツを履くと、以前、ちんぽで盛り上がっていたところがショーツにぴったり張り付いて真っ平らだ。ブラのホックを後ろ手で止める。ラメの入った、きらきらしたストッキングをはいて、ワンピースをまとう。彩音が、入院中に穿たれたピアス穴に、綺麗な宝石のぶら下がったピアスをさしてくれる。

「これも祐奈さんの?」

「ええ、あなたのものですよ」

首にゴールドのネックレスし、小さなベージュのパンプスを履いて、グッチのショルダーバックをもって、装いを完了した。彩音と一緒に廊下にでる。東原が待っている。

「本物の祐奈みたいだ。祐奈そっくりだ。美しい」

「祐奈はもう祐奈なんですよ」

彩音が微笑んだ。病院の玄関ロビーを通り過ぎ、運転手が玄関に回してあった白いリムジンの後部座席にのりこんだ。

「祐奈、日本に帰ろう」

祐奈のパスポートとチケットをもった雪子こと山吹祐奈は、空港の出国カウンターで、祐奈のパスポートを見せた。係員は当たり前のように、パスポートと祐奈の顔を見比べ、普通に通した。祐奈はこうして日本に帰ることになった。